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平田栄一サイン本
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 求道俳句会誌「余白の風」第120号 2006.3

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本誌(1990年創刊)サイトは俳句を中心として、日本人の心情でとらえたキリスト信仰を模索するための機関誌です。毎月発行しています。どなたでもご自由に投稿・感想をお寄せください。(採否主宰一任)

投稿先:掲示板 ホームページ今を生きることば

<目次>

五行歌:栄一 1

求道詩歌会2月作品 2

口上:2月半ばから、五行歌もはじめました。メインのホームページ・掲示板もリニューアル。常に何かにチャレンジしていきたいものです。

もうすぐ四旬節。三寒四温のうちに、確実に春が近づいていることが感じられます。年度末の慌しさのなかでも、復活祭に向けてよい心の準備ができますように。

五行歌:栄一

仏より

キリストより

イエス

ときに生々しく

また優しく

 

先にガリラヤへ

行くイエス

ふるさとは

木も家も

みな小さくて

 

それぞれが語り

それぞれが聞く

福音

私には私の

物語がある

 

神の手が

伸び、触れ

「治れ」と

泣く

病者の日

贈られたセーターが

やがてボクの皮となり

肉となり

ついに彼女の

遺伝子を継ぐ

 

次男格闘中

君は今

また面接試験を受けてる頃だね

父さんはここ

百キロ離れた先からオーラを送るよ

夏野に

ひとり

思考の襞

深くする

 

血より

育ちより

強くて

淡い

愛の真実

右脳で

読み飛ばす

聖書

左脳で考える

今日の予定

 

ときに

春の陽気もあって

晴れたり

曇ったり

受験終盤

 

息子がようやく合格した日

私は小さな花束を買って帰った

妻は大きな安堵のうちに

静かに

吐いた

入学金は

あえて

子供に持参させる

体で知るべし

金銭感覚

 

そろそろほしい

トリノのメダル

いや

息子の合格通知

今は試練を楽しんでしまえ

なあに

何とかなるさ

長い目で見れば

神様の心が

わかってくる

 

父の前に父

母の前に母

私の前に誰か

先駆ける

人の一生

 

ぼろきれのように

死んだ人が

よみがえった

わたしの心に

小さな灯

小さな無人教会を

信者が毎日開け閉めする

だれでも出入り自由に

と言い残した神父の

言霊

 

自由律

定型ときて

二十年

今 五行歌を

青春する

春霞の

向こうから延びて

あっちへ抜ける

一本道

ボクはどこへ行くのか

眠れぬ夜の闇へ

思いをこらす

この時間

この静けさが

祈りと化す

 

神様って

完璧なアルバム

どんな善悪も

美醜も心に納め

そっと閉じる

四旬節

真近な

静けさを

イエスが

歩む

 

ステンドグラスの

マリアの胸から

朝陽さす

老いも病も

主とともに

 

ひとつの土地に

それぞれ

三十、六十、百倍の実とは

神の不公平宣言

なぜか安らぐ

 

求道詩歌会2月作品1616-29 *余白評

・多利田久美句集『薔薇の曙』より その3−1 Name:一木

昭和58

駄句ながら神に賛美の筆始め    久美

冬帽へ手を遣(や)るのみの遠会釈

白一色人住むしるべ雪汚れ

雪空へ木々も祈りの枝を伸べ

春近し聖堂(みだう)に残る毛糸帽

梅が香や朝課晩課にほの白く

*作者の誠実さを象徴するような、しっかりした定型句ですね。 気持ちがひきしまります。

・もうすぐレントですね Name:いう

風に髪取られてすくむ浅き春

日本だと大掃除は年末ですが、アメリカだと春なのですよね。まだまだ寒さが厳しいとはいえ、日差しは春めいてきました。少し気合を入れて大掃除しようかなと思っています。

そういえば、ホームページトップ、がらりと模様替えですね。極太の字(^^)、コンテンツがよくわかっていいですね。

*大掃除ですかー。年度替りの意識か、復活祭への準備というような意味合いがあるのでしょうか。

はい、HPイメージちょっと変えました。「日本人のキリスト教」という意味を前面に出そうとしました。

・日に日に春めいてまいりました Name:邦司(はがき)

主の受難思ふ夕や春寒し

ゲッセマネの真夜の祈や冴返る

聖金曜御堂の燭のほの昏(くら)く

花柄のネクタイをしてイースター

*一句目:受難節が北半球ではちょうど冬から春への変化に重なります。体で復活の喜びへの階梯を感じられますね。

二句目:「アッバ」が明記されている聖書箇所。イエス様の心からのうめきのような祈り。

三句目:暗さのゆえに、またその蝋燭の灯は輝きを増す。

四句目:おしゃれ、というより、復活の喜びの表情を象徴しているのですね。

・まどぎわの猫 Name:いう 

黒猫や背に集めたる冬日差し

抱き上げるとひなたのにおいがしています。暖かさを身にまとってうらやましい黒猫。

*わずかの日差しを一身に集める猫ちゃん。 ホント、うらやましい。 なにがあってもノホホンとしていつところもね。

・気温が低いのです・・・ Name:いう

窓を開ければ頬が知る氷点下

すごく気温が下がっています。華氏で聞く温度を摂氏に換算して、驚いては自虐的な快感に浸っています。(^^;)

*ああ、なんか摂氏で聞いたら僕なんか卒倒しちゃいそうですねー。 風邪には気をつけてください。

Name:肥塚神父(ハガキ)

知床のはまなす想ふ春隣

*肥塚神父様、すてきな絵葉書ありがとうございます。春は近いですね。お体ご自愛ください。

・聖橋 Name:利瑪竇

駅を降り

ニコライ堂に一礼し 

襟を立て 聖橋を渡る

 

門をくぐり 閾をまたぎ

漆黒の廟をみる

 

心に三たび頓首し 手に長香を探す

 

鳳よ

あなたが天に舞うなら 目を上げてまた聖橋を渡ります

鳳よ

あなたが黄泉に伏するなら 目を伏せてまた聖橋を渡ります

 

三たび頓首し 聖廟を辞す

 

門前の樹に空蝉を見

その翔ぶ姿を天に探す

翔ぶ雪を見て蛹を想い

落葉を畏れて門前を辞す

 

上帝よ

天の雪は 御子に道を問うたでしょうか

上帝よ

地の蛹は 目覚めて道を問うでしょうか

 

襟を立て

ロザリオを納めて

雪の聖橋を渡る

 *漢文読み下し調の、リズム心地良い詩ですね。 情景も鮮明で、一読印象深いです。 東洋的キリスト教詩の面白い方向を見せていただきました。

・久しぶりの投稿。 Name:NK

(私も含め)少しトーンダウン気味の方が多いような... 春はもうすぐそこですね。。待ちましょう。

情けなさ 主の憐れみに 涙する

この「憐れみ」が、不甲斐ない私を何とも静かで温かくしてくれるのです。

*そうですねー。季節の変わり目だし、体調もなんとも。。。 そう、こういうときこそ「南無アッバ」を思い出さないとね。ここのところ聖書も、毎日新旧各1章ずつ読み直しています。

・ものすごい嵐です(@v@;) Name:いう

寒雷の裂く空の色右左

歌心もすっかり失っていた今日この頃だったのですが、ものすごい嵐にびっくりしてひとつ。(^^;)

急激に冷え込むしるしの嵐なのだとか。1月は比較的暖かくて過ごしやすかったのですが、また気合を入れ直さないといけません。

掲示板を移転されたのですね。幅を広げ、さらに可能性も広がりそうですね!

*お空も荒れ模様なのですねー。歌心、そう作れないときはじっくり待てばいいのだと思います。私の方も、しばらく新作できず、昔の句を振り返っていて、「五行歌」に出会いました。 この形式は以前から知っていたのですが、思い切って作りだしています。 どんな風になるかわかりませんが、いろいろ実験してみます。

・老杉 Name:もず

比婆山、熊野神社参道。

小雨の降るイザナギ・イザナミ神話の杜に、

幹の外周七メートルを超える老杉が瞑目している。

霊境とはこのような場所を指すのか、

あまりに静かな午後、

巨大な老杉群の下を、小さなキリスト教徒が歩く。

それにしても大きな樹とは、

なんと見ているこちらを黙らせるものであるか。

老杉の幹には青い苔が生えていて、

幹の表皮を一枚剥けば、へんてこな形の虫たちが、

あわててもぞもぞと隠れだす。

根にも、葉にも、枝にも、

おびただしい生き物たちが寄生していて、

一本の樹は、

それらを無言で、

養っている。

ただ同じところに立って、ひたすら寡黙に生き続けることの、

なんという、

まったくなんという豊穣さだろう。

真直に立つ老杉を真似て、

小さなキリスト教徒も、両腕を伸ばして雨のなかに立つ。

――はなはだ滑稽な眺めかな。

しかし実感してみたいではないか。

冷たい雨に頬を打たれ、

まぶしい陽射しに刺されつづけて、

千年。

苗木から若木へ、そしてすべてを与え尽くす大樹へと、

辿っていった命の、そのはるかな道のり、

その静かな「悟り」の境地を。

*>ただ同じところに立って、ひたすら寡黙に生き続けることの、/なんという、/まったくなんという豊穣さだろう。

>苗木から若木へ、そしてすべてを与え尽くす大樹へと、/辿っていった命の、そのはるかな道のり、/その静かな「悟り」の境地を。

粛々と生きるものの偉大さですね。ただ生きる、ということが、いかに難しいことか、木や森を見ると、いつも教えられることばかりです。久しぶりの投稿、ありがとうございます。

・水辺の鳥: いう 2006/02/06 02:47

水鳥一羽首すくと立て北睨む

立春を過ぎて急に寒が戻ってきました。雪もかなり降って、木々の枝は重そうにしなっています。

*こちらも、まだまだ寒そうです。 ここちょっと、肩が痛い、、、五十肩かな。。。

・二句&短詩 末子

梅の香や蕾わずかにほぐれいて

寒鯉のゆらりゆらゆらお堀端

*

  仲間になりたい

ホイ、ホイ、ホイ

  ホイ、ホイ、ホイ

首を上下に鳴く鴉

  私もまねてホイホイホイ

 

ホイホイホイ

  ホイホイホイ

散歩の二人は立ち止まる

 あれがホイホイ鴉です

 

 夫は二、三歩寄って行く

満面の笑み「こんにちわ」

鴉は困って「やばいなあ」

 ホイホイ ホイ

    ホイホイホイ

*>梅の香・・・

今日は春一番が吹くかもしれない、という予報でした。

>寒鯉の・・・

鯉のたくましさ、どっしりと構えた雄雄しさ。

>仲間になりたい・・・

人間と鳥の距離。なにごとも程よい間合い、というのがあるんでしょうね。 それがないと間がぬける。。。(笑) ご夫婦と鳥のほほえましい光景。

・年間第五主日早朝ミサにて Name:栄一

楽チンなひと日賜わり春立ちぬ

冬の日々新旧約を各一章

母より出で母へ帰りし事コトバ

乱れ飛ぶ雲にイエスの指触るる

「私は、イエス・キリストとひとつであるキリスト者です。今、語っているのは、あなたを救うために来たキリストです。あなたの手を握っているのは、あなたを愛しているキリストです。安心してください。もう大丈夫です。今まで本当につらかったでしょうけれども、今日、ここに、救いが訪れました。」(晴佐久昌英神父・カトリック新聞2/5号)

宣教は自分に自信のあるなしではないのですね。 私たちと一体となったキリストが伝える。

3日 高山右近(南坊)忌 いう

形見とも見よと残せる撫子の香り気高し今日南坊忌

(近年発見の右近の歌「草枯れのまがきに残る撫子を別れし秋の形見とも見よ」を読んで)

日本の撫子とはちょっと違うけれど、白と赤い斑の入ったカーネーションを右近像の写真とともに飾りました。2月は致命祭もあり、日本のクリスチャンを思う月にしたいと思っています。

*尊敬でき、ほれ込める信仰の先輩を持つことは、すばらしいことだと思います。人を見ないで神を見よ、とよくいいますが、生身の人間がどう神に対面したか、それを知ることは大事なことだと思います。

・「肩の上の猫」: いう

冬猫の退屈しのぎと人動く

*上中句から下句の関連が難しい気がします。

肩越しにお仕事拝見冬の猫

*これはわかりやすく、微笑ましい光景です。

満願や雁つごもりの空を行く

*満願成就の徴かもしれませんね。

・暖かすぎるとちょっと心配な冬: いう

鍵盤叩けど追いつかず雪もないのに

*季節の移り変わりに追いつけない、ということかな?

・冬の雨: いう

屋根叩く雨は優しき冬の朝

*こちらも、今日は、3月下旬〜4月上旬の暖かさだったとか。埼玉の端に勤務する私としては、そこまでの感じはなかったのですが。。。明日からまた雪模様とか、、、でも、今日の陽をありがたくいただいています。

 

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